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本物と偽物の意味を問う中国製マイク Shure SM58

6年くらい前、出たばかりのDELL2407という当時は高かったハイビジョン対応液晶モニターを机から落として液晶を割ってしまったことがある。DELLに電話すると修理するより新品を買ったほうが安いといわれとても悔しく思い、それではとネットに載ってるPCの液晶修理業者を探し片っ端から尋ねてみたが「その液晶は扱っていない」と断られた。
それでも諦めきれないのでオークションに幾つかの液晶部品を出展していた中国の人に問い合わせてみると「探してみる」との返事があり、数日後には「一枚2万円程度ならある」というので頼んだら1週間ほどで中国から液晶パネルが送られてきた。パネルの裏側を見ると Samsung Made in Korea とプリントされていて明らかに中国製ではない。壊した液晶モニターをばらして、割れたパネルだけを交換する、バックライトのインバーターTDK製だった、薄いフィルムの配線を恐る恐る差し込んで電源を入れると、あっけなく綺麗に表示されそれ以来今も使っている。中国の人に感謝のメールをすると「色んな工場の知り合いがいるから何でも言ってくれ」みたいな返事が帰ってきた。

今年の春頃、やはりオークションでいつも使っているSHURE58Aが極端に安く出展されているのを見つけた。明らかに中華モノだが写真で見る限りはコピーの域を超えている感じがする。前述のDELLのパネルの記憶があったので、確かめたくなり定番の57/58//87を頼んでみる。価格は並行輸入であるサウンドハウスの半額程度、SHURE JAPANの正規品と比べると1/3程度だった。
届いた商品をみるとメッシュやボディの塗装とロゴの色が少し異なるが、同時に見なければ区別は付かないレベルで、付属品や箱も徹底的に本物と同じようなものが付いてくる。メッシュグリルのねじ切りだけ一部異なっていたがインチとミリの違いかもしれない、つまりボディの金型は同じだけど組み立てちょい前の工程あたりから独自に作られた、例えばそんなものかもしれない。





次に肝心のマイクカプセルはどうなのかグリルを外して見ると、困ったことに、これは見分けが付かない。







そこでミキサーにつないで実際の音を比べてみたのだが、僕の耳では違いが分からなかった。
SHURE SM58 は Made in Mexico の筈で中国とは縁もない様に思うが、どうにも完全な偽者とは思えない。
少しでも音に関係ありそうな部品の違いを探すと、ケーブルにつなぐキャノンのオスがノーブランド品であった程度だ。

これが来てからしばらく忘れていたが、先日いつもお世話になっているプロのエンジニアであるSさんに聴き比べをして頂く機会をもてた。


SHUREの偽者は何回か見たことがあるが、たいていの場合は握った瞬間に軽さで分かるが今回のものは重さの差は感じない、ベッドフォンで確かめるレベルでははっきりした差は無く、むしろ使い込んで古くなった本物の58の方が悪かったりするし、本物の新品でも個体差があるので、現場であらかじめセットされていたとしたら気がつくことは無いだろうとの事だった。
今まで何十年かにわたり、おそらく数千本の58を使ってきたプロの耳で聴いてそうなのだから、これが単純に偽者と言えるかとなると、かなり難しいことになる。

今回の中華マイクの背景にはとても大切な問題が存在する。
たとえばリチウムイオン電池SONYが世界で始めて商品化し、今も世界一のシェアを日本が持っているが、猛烈な勢いで中国製のリチウムイオン電池に追い上げられている。
シャープが育て、日立がIPSという今日の標準的技術を確立し、少し前までは日本の独壇場であったテレビが、韓国に追い上げられ、Pansonic/シャープ/ソニー/日立が天文学的な損失を計上したのはご存知の通りだ。
日立はテレビの自社生産をやめ、SONYはリチウムイオン事業の売却を検討している、シャープにいたっては今も倒産との綱渡りの最中である。
電気自動車の時代を目前にし、二次電池技術は日本産業の運命の要であるが、この部分を日本が守り通せるかどうかは不透明だ。もし日本の自動車産業がテレビの様に中国や韓国に追い上げられてしまったら、この国の姿は大きく変わってしまうことになるだろう。しかし技術というのは容易に流出するし、特許に期限があるように、役に立つ発明や技術は一定の期間が過ぎれば誰もが利用できる方が良いというのも歴史の答えである。グーテンベルグが発明した印刷に今も特許があったりしたら、歴史は今ほど発展していなかっただろう。だからと言って技術が無限に盗まれれば、技術そのものを開発する土台が無くなって、これもまた歴史を止めてしまうことになる。

たかだか数千円の中華マイクの背景に、とてもとても巨大で難しい問題が存在していると思った。